スポンサーサイト

--.--.-- --:-- candy

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

青玉・赤玉

2009.11.30 23:33 candy

月曜日。
S高のみんなはテストを受けているという中で、私はクリニックへと行ってきた。
土曜日に行ったばかりだけれど、土曜日の診察の際
『落ち着くまでは週に2回、できれば来てほしいな。
もし“今日、学校行けなかったー”とかいう日があったら、ここに来て。』
と言われていたから。
土曜日・日曜日と調子が悪くて涙していたり、寝付きが悪くて困ってたしね。
診察では、最近調子が悪い事を伝えた上で、眠剤をハルシオン0.25mg2錠・アモバン10mg1錠・エリミン3mg1錠にしてほしいこと、頓服としてデパスを処方してほしいことを話した。
先生は
『悪いけど、デパスは出せない。
効きはいいけど、効き目が切れる時も急だから、逆効果になる可能性があるんだ。』
と。
1月に処方されて以来、ずっとお世話になっていたデパス。
とうとうお別れする時が来てしまったんだね。
デパス、好きだっただけやな悲しい。。。
ただ、睡眠薬の方は
『エリミンも、あまり好きじゃないんだけどなぁ…』
と言いつつも、私のお願いした通りの処方をして下さった。
デパスをダメ出しされた時点で、“デパスがダメなら、ハルシオンはもっとダメだろうな”と思っていただけに嬉しかったり。
でも、どうして先生はハルシオンよりもエリミンに抵抗を感じていたのかな。
エリミンも、何か問題があるのかもね。
ハルシオンに“青玉”って別名がついているように、エリミンにも“赤玉”って別名があるし。
サイトとか見てると、デパス・ハルシオンと同じでODに使われることも多いみたい。
“デパス処方されなくても、ハルシオンとエリミンがあればODできるんじゃん”なんて一瞬でも思った私は、本当に治そうとしているのか疑問だね。
病院からの帰り道、貝印のカミソリを新しく購入してしちゃったことも考えると、自分が何をしたいかが見えなくなってしまう。
治そう、元気になろうって思ってるのは本当なのに。
考えていることと行動に矛盾がありすぎるよ。。。


夜、机の周りを整理している時にあるものをみつけた。
勉強記録ノート。
私はよく、勉強する時に“○日に―をする、目標時間は○分”って決めて計画をノートやルーズリーフに書く。
そして実際にやったこともメモして、計画に照らし合わせて反省をしたりするの。
私は自分に甘いから、書くことで自分自身に言い訳を出来ないようにするためにってことで。
私が見つけた勉強記録ノートは、高1の夏の勉強記録が記されてた。
講習があってる期間中にも関わらず、勉強合計時間は270分。
たまたまこの日頑張ってたってだけじゃなくて、夏休み中はずっとこの調子で勉強してた。
“あぁ、頭悪くなっても当然だな”って納得してしまったよ。
前より悪くなった、できなくなったってショックを受けるだけ受けていたけれど、勉強量が違うんだもん。
悪くなって当然だよね。
・・・勉強しなくちゃ・・・・。


スポンサーサイト

K高に戻りたい

2009.11.28 23:33 candy

今日は2度目の診察日。
11時に担任の先生が家庭訪問に来られると言うこともあり、早めにクリニックへ行った。
そのおかげか、初診の時のように長く待つこともなく、診察室に入ることが出来たんだ。
診察では、長々と1時間くらいお話。
特にこれと言って大切な話をしていたわけではないけれど、なぜか長くなっちゃってたの。
これまでの先生だったら、続けようと思ったって、絶対に1時間も会話を続けられなかったのに、不思議だね。

お薬について詳しいことを早くも見抜いた先生は、
『セロクエル、25mgの他に何mgがあるか知ってる?』
と。
『100mgです。』
って答えたら
『ピンポーン!』
だって。
先生、面白い…。

それから、私は看護科、姉は医学科を目指してることを知ったら
『デキる姉見てて、“ムカつくー!”ってなったりしない?』
なんておっしゃった。
もう、そこまで子供じゃないよ。
小学生の頃は、自分より遥かに能力のある姉に嫉妬したりもしてたけど…
今はどちらかと言うと、“デキる姉がいて良かった”って思ってる。
同じ“姉”なら、頼りにならない姉よりも、頼れる姉の方がいいじゃない?
かといって、高飛車な姉だったらイヤだけど。


クリニックから帰宅して、10分弱。
11時ぴったりに、担任の先生は家にやって来た。
はじめは両親と先生だけで話をすることになり、私は2階の自室へ。
そして、何を話すのか気になった私は、そっと廊下に出て聞き耳をたててた。
最初のうちは当たり障りのない話をしていたけれど、段々と本題に入っていって。
『今回の事の顛末をお話して頂けたら…』
と先生。
それに対して父親は、中学時代のことまでさかのぼって話しはじめた。
…いくらなんでも、そんな所から話しなくてもいいんじゃないの?
私は中学時代のことなんて、触れてほしくなんてないし、知ってほしくなんてない。
せっかくS高には、中学時代のことを知る人が全くいなかくて安心していたというのに。
聞いていられなくなって、部屋に戻るとキツく耳を塞いだ。
“分かったような口をきかないでほしい”、“触れないでいてほしい”、そう思うのは私のワガママなのかな?
色んな想いが溢れだしてきた時、運悪くK高のカバンが視界に入って。
今までにないくらい強く強く思った。
“戻りたい”。
もう涙を抑えることが出来なくて、涙がまた涙を誘うという悪循環。
私の手は自然と貝印のカミソリへと伸びていった。
だけど、いつ私が話に呼ばれるか分からない状態で切るわけにはいかないと気付いて、自分を抑えようとしたの。
血を流しながら担任の前に出るわけにはいかないから。
でも、そんなに簡単に抑えられるわけもなく、私の手首の代わりにCDが犠牲となった。
バキっと、2つに割ったの。
それでもなお衝動は静まらず、涙も止まらない。
そんな私の想いが行き着いた先は、“T先生に電話したい、先生の声が聞きたい”というものだった。
K高を辞めた今でも、何かあった時、ドン底まで墜ちた時、T先生に助けを求めようとしてしまう自分。
私は結局、あの頃から何1つとして変われてはいないんだ。
成長出来ていないんだ…。

先生と両親がお話を始めて2時間あまり経った頃、母親が部屋に来て
『先生があんたと話したいって。
私達は席を外すから。』
と言った。
気乗りしなかったけれど、わざわざ家までやって来た先生に、“話たくありません”なんて言うわけにもいかず、しぶしぶリビングへ。
学校で顔を合わせるのと家で顔を合わせるのとではずいぶん違うね。
2人きりでちゃんとした話をするのが初めてだってこともあったけれど、かなり緊張した。

話をしていく中で、担任の先生は急にポケットから4シートの薬を取り出して、テーブルの上置き
『この薬、知ってる?』
と。
その薬は、パキシル・ジプレキサ・マイスリー・コントミンだった。
もちろん私は全て聞いたことのある薬だし、ジプレキサとマイスリーに関しては飲んだこともある。
“マイスリーほしいなぁ”なんて場違いなことを思いつつ、“どうして先生がそんなものを?”と疑問が湧いた。
その疑問を私が先生に尋ねるより先に
『どうして私がこれを持っていると思う?』
と逆に質問されて。
“生徒から借りたのかな”とか“まさか先生も病院通いしてたりするのかな、まさかそんなことないよね”とか、色々と考えを巡らせた。
正解はそのまさかで、担任の先生も病院に通っていらっしゃるんだって。
それも、10年くらい前から。
入院も3度経験したらしい。
今はだいぶ落ち着いているそうだけど。
先生は
『何もかもを完璧にしなきゃいけないなんてことはないんだし、少しくらい休んだっていい。
完璧にしようとすること、完璧を求めることは決して悪いことじゃないし、むしろいいことだから否定するようなことはしないよ。
だけど、今は休まなくちゃいけない時だと思う。
頑張らなくちゃならない時に頑張らなければならないように、休まなければいけない時だってあるんだ。』
とおっしゃった。
だけど。
今は高2の冬だよ?
もう受験生も同然じゃん?
今が先生の言う“頑張らなくちゃいけない時”なんじゃないの?
そんな考えで一杯になった私は、先生の言葉を素直に受け止めることができなかった。
ずっとずっと思ってきたから。
大学受験の対策は、高校2年の夏からはじめるのが普通なんだって。
私はすでに遅れてるって。
ごめんなさい、先生。
先生はすごくいい話をして下さったとは思うけれど、それを受け入れることは出来ないんです・・・。

話の最後に、
『何をしてもいい。
だから、これだけは約束して。
自分で自分の未来を閉ざしてしまうようなことは、もう絶対にしないって。』
と言われた。
私は頷きはしたけれど、心の奥底では“そんな約束できない”って思ってた。
だって私、“これを飲めば確実に死ねる”って薬が手元にあるとすれば、今すぐにでもそれを飲む。
何のためらいもなく、それを手にする。
死ねないのなら、頑張って生きていくしかないと思いはするけれど、生きたいと思っているわけではないもの。
ごめんなさい。


夜。
再びK高のことで頭が一杯になって、涙・涙・涙。。。
気付いたら、携帯からT先生の自宅へと電話してた。
トゥルルルってコール音を聞いた時、我に返って慌てて切った。
…危ないところだった…。
私はもう、K高の生徒ではないんだから。
こんなこと、しちゃいけない…。
もし電話をかけるにしても、それは元気に話せる時じゃなきゃダメなんだ。
学校を辞めてなお迷惑をかけるなんて、許されないよ。


本気で治そうと思った。
元気になりたいって思った。
だけど、私には無理かもしれない。


悪夢からのスタート

2009.11.27 14:33 candy

最近、夜眠れなくて困る。
ちゃんと眠剤飲んでるのにな。
昨夜も1時過ぎにベットに入ったものの、朝の5時過ぎまで寝付けなかった。
ようやく寝付けたと思ったら、悪夢を見て15分足らずで目覚め、汗びっしょり。
気を取り直してもう1度寝たら、また悪夢を見てしまい、起きたら私は涙流してた。
夢で涙を流したのなんて初めて。
結局、その後眠りにつくことが出来ずに、合計約1時間の睡眠時間で朝を迎えた。
寝不足で頭は重いし、悪夢の影響で気は滅入っているしで、最悪。
こんな日は、何をやってもダメなんだよね。。。


特に何をするわけでもなく、日中はゴロゴロと過ごした。
今日は金曜日だけれど、私は学校はなし。
定時制のテスト期間ならではのお休みの日だね。
テスト期間だから、お休みの日であっても本来なら勉強すべきなんだろうけど…
どうしても、そんな気分にはなれなかったんだ。
今は高校2年の冬。
テスト期間に関わらず、勉強に精を出さなければならない時期なのに。
焦りだけ生まれて、気持ちがはやるばかりで、行動が伴わない。
“大学受験の勉強は、高2の夏からやるべきもの”って、ずっと思っていたんだけどな。
高校入学当初の方が今よりもはるかに真剣に勉強してた、なんて…。


夕方からは、泡沫とお電話。
2時間くらい話してたかな。
こんなに長い間、泡沫と電話していたのなんて、初めてかも。
なんでかな。
泡沫とはいくら話しても話題が尽きない。
不思議だね。
やっぱり、小学生の頃からの仲となると、他と違うものがあるのかも。


…明日、担任の先生が家庭訪問に来るって。
なんだかフクザツ。。。


進むしかない

2009.11.26 23:33 candy

S高では水曜日から中間テストが行われてる。
だけど、退院したにも関わらず、私は今日も学校をお休みした。
担任の先生に、欠席することをメールで連絡すると、今回のことをご存知だからか
『今は ゆっくり休んでくださいね。』
といった内容の返信がきた。
…今回のことを、担任の先生はどう受け止めているんだろうか。
S高で“真面目な優等生”でいようと思っていただけに、“問題児”だと思われていないかどうか気がかり。
優等生ではいられなくても、せめて元気な明るい子でいたかったな。


そう言えば、K高では今日から期末テスト期間に突入するんだったよね。
去年、自殺未遂直後で全く勉強出来ていないまま、期末テストを全教科受け切ったっけ。
あの時は“全然解けない”ってことで凹んでいたけれど、今の私からすると全て受け切っただけでも凄いこと。
だって現に、今年はテストなのにも関わらず、学校をお休みしてしまっているし。
たった1年。
されど1年。
この1年の間に、私の感じ方や考え方、認識の仕方にたくさん変化が生じてる。
そしてそれらは大抵、マイナスの方向に進んでいたり、レベルが下がったりしてるんだ。
1年間で成長するのではなく、後退してるなんて、情けない話だよね。
そんな自分を実感する度に、焦りを感じたり悔しさを感じたりするけれど・・・
それでも、決めたんだ。
一歩ずつでもいい、少しずつでもいいから進んでいくって。
だって、服薬もダメ、首吊りもダメ、飛び降りもダメなんだよ?
もう、逃げること、死ぬことを諦めて進んでいくしかないじゃない。
もしまた一杯一杯になって、どうしようもなくなった時は…
泡沫、助けてね。笑

はっきり言って、K高とS高を心の中で比較してしまっている自分は、まだ消えてない。
きっとこれからも、その比べ癖は抜けないと思う。
K高よりもS高のことを好きだと思える日が来るなんて、まだ考えられないもの。
だけど、振り返ってばかりもいられないよね。
K高のいい面、S高のいい面、両方を自分の中に取り入れていけるようになれればいい。
いつか、きっと。


吹奏楽部は、おそらく辞めることになると思う。
もしくは休部するか。
今の私にはまだ、それだけの余力なんてない。
もっと自分のことを省みてから入部を決めるべきだったんだ。
吹奏楽部のみんなは優しくて、
『体調悪いときは、無理しなくていいよ。』
って言ってくれる。
だけど、それじゃ私がイヤなんだ。
中途半端なことはしたくない。
みんなが優しいからって、その優しさに甘えることはしたくないし、優しいからこそ休む度に感じる罪悪感は大きいの。
次に学校へ行った時、顧問の先生に相談して休部か退部、どちらかを決めようと思う。
せっかく再び出会うことの出来た吹奏楽だけど、こればかりは・・ね。
さよならだよ。


自殺失敗

2009.11.25 23:33 candy

11月20日金曜日、午前9時頃。
私は、トリプタノールの致死量の2倍とその他の溜め込んでいた、たくさんの薬を粉に変えたものを、ヨーグルトに混ぜて食べた。
両親が仕事へ出かけたのを、きちんと確認してから。
800錠を軽く越える処方薬が混ざったヨーグルトは、異臭を放ち、一口食べるごとに吐きそうになるほどのまずさだった。
でも、“吐かずに食べ切れば死ねるんだ”と思い、吐き気をこらえて全て食べたの。
最後に何種類もの睡眠薬を錠剤のまま飲んで、ベッドへ。
永遠の眠りについて、一生目を覚まさないつもりで。
そう、死ねると思った。
今度こそ、失敗はないと、確信してた。
だけど…
私は、生きている。


20日の夜、7時くらいに帰宅した母親が、ベッドで寝ている私を発見したらしい。
服薬から約10時間経ったその時、すでに私は自力呼吸が危うい状態だったんだって。
母親が、どうしてそんな私の状態に気付いたのかは不明。
ただ、父親が
『あと10分発見が遅ければ死んでいたらしい。』

と言ったことから、かなり危険だったんだって思った。
運の悪いことに、私は早く発見され、助かってしまったんだね…。

私を発見した母親は即座に救急車を呼んだみたい。
当然と言えば当然だけど。
1年前の時は、救急車の中でも嘔吐を繰り返していたらしい私だけど、今回はしなかったんだって。
まぁ、嘔吐によって毒を体外に出さないようにと、色々工夫したしね。

救急車で病院へと搬送された私は、ICUに入れられ、たくさんの器具・点滴をつけられた。
少し状態が安定したように思われたのか、しばらくしてから、家族は帰らされたみたい。
だけど、土曜日の早朝。
自宅に病院から
『もうもたないかもしれません。
心臓が止まりかけています。
今すぐ来て下さい。』
と電話がかかってきたんだって。
でも、またまた運の悪いことに、私は持ち直した。
翌日の日曜日の夕方、3日間という短すぎる眠りから、私は目覚めたんだ。
目覚めたと言っても意識レベルは低く、その時のことを私は全く覚えていないんだけれど。
月曜日の午後、一般病棟に移された辺りからかな、少し記憶があるのは。
私がこういう事件を起こすのが2回目だということもあって、病院側は厳戒体勢。
再び病院内で自殺を図らないようにと、母親が常に付き添うよう指示されたとか。


そして、今日。
短いようで長く、長いようで短かった入院生活が終わった。
退院手続きをする前、今回私の主治医となって下さった医師が病室へ来て、少しお話を。
その先生は、
『去年も同じようなことがあっている手前、次もあるかもしれない。
だけど、次は助けられる保証はない。
この機会に入院治療を行うなど、腰をすえて治療してみてはどうですか。』
とおっしゃった。
“死にたいがためにした行為だから、助けられない方がいい”と思ったけれど、母親の方は納得したみたいで
『1度入院してみるのも1つの手段かもしれないね。』
って言ってた。
私は今、精神科に通っているけれど、“通う”のと“入院”するのでは大きな違いがあると思っていて。
入院には、多かれ少なかれ、抵抗がある。
だから、入院は正直イヤだった。
入院すると、あと1年半での卒業は絶対に不可能になっちゃうし。

そんなこんなで、新しいクリニックへ行く時は色んな意味でドキドキだった。
だけど、先生は予想以上に話しやすい方で、初対面なのにも関わらず、自然に話せたの。
私の気持ちを尊重して下さって、お薬の管理権も私に譲るように言って下さったし。
入院については、先生がオススメする病院を3つ程教えて下さって
『次に何かをやらかした時、やらかしそうになった時、入院治療をしましょう。』
ってことになった。
次の診察が、3日後の土曜日になったことには驚きだったけど、“それだけ真剣に診て下さるんだ”って思うとありがたさで一杯に。
初診の今日で、早くも信頼できそうだなって思えたよ。

肺炎の症状は辛いけど、これは自業自得。
乗り切らなくちゃね。


それから今日は、まゆこ・あやか・しおりからメールが来た。
“大丈夫?”って。
金曜日から休んでいて、テスト初日の今日も休んでいた私を、心配してくれたみたい。
すごくすごく嬉しかった。
あやかには自傷癖のことを打ち明けていたけれど、2人にはまだで。
引かれるかな、と思いつつ今回のことを打ち明けた。
そしたら2人とも、当然のことのように、ごく自然に受け入れてくれたの。
しおりなんて、
『なんかあったら、ぶつけていいけん!
1人で抱え込まんでね。
薬ちゃんと抜けたら、また学校で笑ってね♪
うち愛結菜の笑った顔、めっちゃ好きやけん。』
って言ってくれたの。
嬉し泣きしそうだったよ…。
今日、初めて“S高に来て良かった”心の底から思えた。
転校しなければ、3人に出会えなかったもんね。

暖かさを、たくさんたくさんありがとう。


ブログの記録

カウンター

プロフィール

海月 愛結菜

Author:海月 愛結菜
高校3年生
6月5日生まれ・18歳

2008年09月に精神科デビュー。
うつ病・境界性人格障害・不眠症。
現在投薬治療中。
リスカ・ODなど、自傷癖あり。
2008年・2009年11月には、自殺未遂によりICUに入院。


詳しい経緯はこちら
詳しいプロフはこちら
当ブログによく出てくる人物紹介はこちら


*ブログについて*

愛結菜のブログ

検索フォーム

カレンダー

10 | 2009/11 | 12
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 - - - - -

ブロとも申請フォーム


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。