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今年1年

2009.12.31 23:33 candy

この1年、どんなものだったかな。
改めて振り返ってみると、怒涛の1年だったなぁって思わずにはいられない。

冬休み明けから学校を休みがちになって、定期テストも休んでしまった。
自発嘔吐に手を出したのも、この頃。
それからボロボロながらも、色んな人の言葉を支えに2年に進級。
担任の先生がT先生からY先生に変わり、新しいクラスで新しいスタートを切った。
休み休みではあるけれど、きちんと学校に通って、1学期中間テストは、それなりに頑張れて。
文化祭では、割り振られた仕事もこなしきれた。
だけど、そこでエネルギー切れ。
文化祭後、また学校に行けなくなった。
期末テスト1週間前くらいに保健室に登校するようになり、期末テストを受け切って。
でも教室には行けなくて。
9月4日、とうとう退学。
10月1日には今の学校に入学したね。
元気になるため、なんて思いつつも上手く行かずに、11月20日はICUへ。
成功していれば、今、私はここにいないはずだったのに…。

うーん。。。
やっぱり“K高辞めた”っていうのが1番大きいな。
今でも引きずってるくらいだし。
切り替え遅すぎだって自分でも思うけどさ。


来年の願いは1つ。
“姉が医学部に合格しますように”。
そして私は、次の年を迎えることがなければいい。
あ、2つになっちゃった。。。
両方、叶えばいいな。


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処分されたプリント

2009.12.31 22:33 candy

寝付けたのは、朝の4時過ぎ。
そして、悪夢を見た。
夢の中でも、私はもうK高生ではなくS高生。
吹奏楽部員の。
でもなぜか、メンバーには中学時代の吹奏楽部員がチラホラ。
私は休部中で、それが原因となって、みんなとうまくいかなくなった。
『休部なんてウソ、ただのサボりじゃん。』
って一言から生じた波紋は、部全体へと広がって。
みんな、私の傍から離れていった。
残酷な言葉を残して、残酷なシチュエーションで。
“あぁ、ここでも上手くいかないんだ”、“またあの時の繰り返しだ”。
そんな思いから、私は崩れた。
泣き叫びながらその場に座り込んで…。
でも、私は待ってた。
一本の救いの手を。
待っていたの―…。

悪夢はそこで終わり。
一旦、目が覚めたから。
結局、救いの手は差し伸べられないままだったよ。
バカだよね。
あの人が現れるはずがないのに、待ってたなんてさ。

再び目を覚ましたのは、午後1時前。
よくあの親がこの時間まで黙っていたなと思ったら、買い物に行っていたみたいだった。
そりゃそうか。。。


昼食の後は、軽く部屋のお掃除。
ついに、机のすぐ傍に置いてあったK高のカバンと体育館シューズ、移動させたよ。
体育館シューズはカバンの中に入れて、カバンは棚と棚の隙間に。
教室に行かないことを続けていた3ヶ月間にたまっていたK高のプリントは、処分。
何枚か、私がK高に存在していたことを示すモノを手元に残して。
全てを捨てるなんて、そんなこと…
とてもじゃないけど出来ないから。。。

好きだよ、K高。
これからも、ずっと。
私の存在が、その歴史の一部として刻まれないとしても。
K高に関わる全ての人の記憶から、消えてしまったとしても。
憶えてる…。


夕方は、少しだけ英語の課題をやった。
今年中に課題を終わらせるつもりでいたけれど、きっともう無理だろうな。
課外での課題も予備校での課題もあるのに、大丈夫なんだろうか、私。。。
自主勉強もしなきゃいけないのに。
だけど自主勉強は…
もう、いいや。
私、生きてないよ。
来年の今は。
きっと。
きっとね。

今日掃除した時に、5通の手紙を捨てたの。
俗に言う、遺書ってヤツ。
だけどそれは、死ぬことを諦めたからとか、生きるためとかじゃなくて。
新しく書き替えるため、なの。
あの時と今じゃ、状況が全然違うし。

戻せないものが、多すぎたんだ。
私が失ったモノは、あまりに大きすぎた。
そしてそれらは、増えることはあっても、減ることはない。
残酷ね。


初めて好きだと思えた学校

2009.12.28 14:33 candy

今日はちゃんと朝起きて、姉と一緒の電車で登校したよ。
実は早期覚醒してしまって、母親が起こしに来た時には、すでに目覚めてたんだけどね。
目が覚めているのと、起き上がるのとでは、また別の気力がいるのって、私だけかな?


課外授業は、思っていたより良いものだった。
古典では大学入試の過去問、英語は長文読解に文法問題演習したの。
数学は、、、ロースピードで少しもどかしかったけど。
でもね、英語。
プリント配られた時に、“この形式…K高で朝講の時にやってたテキストと同じなんじゃない?”って思った。
そして、帰宅してから確認してみたら、本当に同じものだったの。
高2の英語の朝講、数えるほどしか出ていないし、5月以降、テキストに1度も触れていないのに、よく分かったなぁ…。
問題も、やったことがある部分じゃなかったのにね。
高1の夏以後、ずっとダメダメだと思っていたけど、意外と真剣に取り組んでいたのかも。
もちろん、高1の夏までとは比べものにもならないけど。

それから、嬉しかった。
課外授業とはいえ、K高で使っていたテキストと同じもの、それをプリントしたものを、S高でやったって事実が。
きっとK高では、そのテキストはもう全て終わって、他のレベルアップしたテキストを使っているんだろうけど、それでも何だか嬉しかったんだ。
S高をバカにしているわけじゃない。
でも、“こんな感じで入試なんて出来るの?”って何度も感じたことがあるのは事実。
授業に物足りなさを感じていたのも事実。
そんな中で、K高で使われている(いた?)テキストを用いた演習をしてもらえたことは、何らかの安心感があった。
懐かしいK高と“出会えた”という気もしたしね。

冬季講習、申し込んでよかった。
通常授業の時より朝が早くなってキツいのに、内容が無かったらって少し不安もあったんだ。
それに…
行きの電車、K高生とかぶるから。
学校着く前に墜ちたらどうしようって。
実際に今日、同じ車両にK高生が何人も乗ってたんだ。
分かっていたことだけど、覚悟していたことだけど、やっぱり辛いし、苦しい。
ダサい制服だったけど、それを着たいよ。
ダサいカバンだったけど、それを持ちたいよ。
K高生として、堂々と町を歩きたいよ。
そう思っているだけに、K高生を見ると“あぁ…”ってなっちゃう。
でもね、この想いは後悔とはちょっと違うんだ。
“戻りたい”とか“K高生でいたかった”とか、幾度となく思ってきたし、これからも思い続けることになってしまうと思う。
だけど、“辞めなきゃよかった”とは思っていないの。
あのままK高にいても、私はみんなと一緒に卒業は出来なかったと思う。
単位に追われ、“欠席”という休息がほぼ許されない中、ただでさえ速いと言われる授業ペースに、授業を受けていなかった3ヶ月分を取り戻しつつ、ついていくなんて、さ。。。
さらに、下の学年に知り合いがたくさんいる私に、留年は有り得ない。
結局は、こうするしかなかったんだ。

私は何度も何度も、退学や転学について悩んできた。
高1の3学期、学校に行くよりも休む方が増えてきた時期。
高2の教科書販売があった日の前日。
高2に進級する前の3月。
高2のゴールデンウィーク中。
高2の6月、保健室登校でさえ全く出来なかった頃。
高2の夏休み前半。
これだけ何度も悩んで、その度に踏みとどまって。
9月4日、とうとう退学した。
限界だったんだ、きっと。
私がK高生でいられる、限界。
その限界まで踏張ったから、“後悔”の気持ちはないんだろうな。
もしもこの前の時期に辞めていたら、“もう少し頑張れたんじゃないか”って、思わずにはいられなかっただろうから。
K高は、はじめて心から好きだと思えた学校なんだもん。。。


“大切な人”

2009.12.27 23:33 candy

今日は1日中保健室にいた。
登校してからどんどん欝になっていって、保健室に行ったの。
最初に発したのは、挨拶の言葉ではなく
『もー無理です…。』
だった。
そして、泣いてしまったの。
学校は休みがち、授業も出られない、勉強も出来ない、リスカやODは相変わらず。
こんなんじゃ、K高辞めた意味がないじゃない…。
養護教諭の先生の1人に何かを言われたけれど、よく覚えてない。
とにかく私の頭の中は、“ダメな自分”でいっぱいだったんだ。
そんな中で私が先生に尋ねたのは
『M先生、もう来てますか?』
ってこと。
完全に、頼りすぎだよね。
だけどその時は、M先生とお話をするか、リスカするかしか、落ち着く方法が見つけられなかったんだ。
先生は、すぐにM先生を探しに職員室へ行って下さった。
事情を知ったM先生は、“2時過ぎに保健室まで来てくれる”、と。
『M先生が来るまでの間、ご飯でも食べていようよ。』
と先生。
でも食欲がなく、さらにお弁当を忘れていた私は、首を横に振った。
そしたら、先生は
『先生のおごりだから、食べてね。』
と言って、売店で唐揚げとおにぎりが入ったモノを買ってきて下さったの。
ちゃんと、食べたよ。
その後は、M先生が来るまでベッドで横になってた。
“来てもらうのはよしとして、何を私は言いたいんだろう?”なんて考えながら。

M先生とのお話は、保健室の隣にある面談室で行った。
『もう無理なんです。
死にたい。』
といったような内容のことを、ひたすら話していた私に、先生は
『あなたは私の中で、もう大切な人なんだから、死んだら困るんだよ?』
って言って下さった。
それから
『これは嘘でも綺麗事でもなくて、』
と前置きをしてから
『あなたと出会って、色々と考えることが増えた。
あなたと出会って、“もっと頑張ろう”って思えた。』
とも。
その後、先生の今までの話をしてくれたの。
やっぱりみんな、色々あるんだね。

先生とのお話で、1番ビックリしたのは
『クセになってるんじゃない?』
って言われたこと。
何がって言うとね、“死にたいと思うこと”、“自殺行為をすること”。
『“死にたい”と思うことなんて、人生の中で1度や2度は、誰でもあるよ。
でも、実際に行為に走る人は一握りだよね。
実際に1度行為に走ってしまうと、そんな気持ちになった時に、ストップを自分でかけにくくなるんじゃない?』
驚いたけど、確かに一理あるとは思う。
死に対する壁は、初めて自殺行為をしたその日から、極端に低くなっているから。

1時間くらい経った頃、お話の中盤かな、私、言ったの。
『学校辞めて、学校変わって…
だけど、学校に来れないのも、授業に出れないのも、勉強できないのも、何一つ変わってない。。。』
これは私の中で、大きな問題なの。
K高、大好きだったけど、元気になるために、前に進むために辞めたんだ。
それなのに、何も変わってないなんて…。
『勉強のことは、ホントに一切気にしなくていいから。
大丈夫!』
そう言われて、涙が出た。
1度泣き出したら止まらない私は、しばらく泣いてたの。
そして泣き止んだ頃に
『今はそうでもないんですけど、私の家は小さい頃から成績重視って感じで…
だから今、成績残せない私には、価値がないとしか思えないんです。』
って言った。
それを聞いた先生は、成績=存在価値じゃないってことを、必死に言葉を選びながら語ってくれて。
幼い頃から根付いたその等式がなくなることはなかったけど、少し気が楽になった。

4時になった頃、用事があったという先生との話を打ち切り。
今日も、また話そうって言って下さって、嬉しかった。。。

あぁ、私の中でM先生の存在がどんどん大きくなっていく…。
まずいなぁ。。。
T先生の時の二の舞になりそうで怖い。


過去の人

2009.12.27 23:33 candy

昨夜は、小規模なOD祭りだった。
はじめにエリミン3mgを2錠、しばらくして5錠追加、またしばらくしてアモバン10mgを2錠追加。
数的にはそんなに多くないけれど、1日の限度摂取量がエリミンは5mg、アモバンは10mgだから、ODはOD。
エリミンは“飛ぶ”薬としてネットで売買されているし、アモバンも10mg2錠で飛ぶ人は飛ぶ。
だけど私は、全くと言っていいほど変化がなかった。
別に、ラリって遊ぼうとか、健忘起こすのを楽しもうとか、そんな風に思っているわけじゃない。
一時的でもいい、辛い現実から逃げたかっただけなの。
例え、それが“甘え”だと言われたとしても。
実際は、逃げることなんて出来なくて、ただ薬を無駄に消費してしまっただけなんだけど。
でもね、ラリることも健忘を起こすこともなかったのに、思考力・自制心、そういったモノは低下してしまっていたみたいで。
真夜中の3時、T先生にメールを送ってしまったの。
しかも、わざわざアドレスを変えて。
『I bless you for your kindness.
But I think I was unworthy of your it.』
これを送信してすぐ、また元のアドレスに変更。
…何やってるんだろうね、私。
こんなの、ただの迷惑メールじゃん。
T先生は、気付いたかな?
これを送ったのが私だって。
多分、気付かないよね。
先生は私が先生のアドレスを知ってるなんてご存知ないだろうし。
それに…。
私はもう、きっと先生の中から消え去ってるだろうから。
でも。
気付いてほしかったっていうのが本音。
情けないね。
私はまだ、T先生から“卒業”できていないんだ…。
先生にしてみたら、K高を辞めた今、私なんて“生徒”でも何でもないだろうに。。。

私はどうしても、先生の暖かさを“過去”にできないんだ。
1年前、先生が担任だった時、先生は私にこう言ったね。
『死んでしまったら、みんなの中であなたは“過去の人”になってしまうんだよ。
“そう言えば、あんな人もいたね”って。
そんなの、悲しいでしょう?』
その時、私は“それでもいい、それがいい”って思った。
私の存在を、私が存在していたということを、全ての人の記憶から消し去りたいって思っていたから。
だけど今、私は死なずして、みんなの中で“過去の人”になってしまった。
生きながらにして“過去の人”になるなんて、その方がよっぽど辛いよ。

先生、お願い。
私を助けて。
お姉ちゃんの受験が終わるまで、死ぬわけにはいかないの。
具体的に自殺方法考えだしてる私の、SOS、気付いてよ…。
ワガママだって、自分勝手だって、分かってるけど、気付いてほしい。
死にたいのに、SOSに気付いてほしいなんておかしいかな?
でも、どちらも本当の気持ちなんだ。


死ぬのなら、K高の生徒として死にたかった…。
あと数ヶ月、頑張らなきゃね。


ブログの記録

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プロフィール

海月 愛結菜

Author:海月 愛結菜
高校3年生
6月5日生まれ・18歳

2008年09月に精神科デビュー。
うつ病・境界性人格障害・不眠症。
現在投薬治療中。
リスカ・ODなど、自傷癖あり。
2008年・2009年11月には、自殺未遂によりICUに入院。


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