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  • 2010年06月06日

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『お前が勝手に産まれてきたんだ』

2010.06.06 23:15 candy

今朝、目覚めると8時を過ぎていた。
今日は駿台で英語の授業がある日。
昨夜、母親に
『7時1分の電車に乗るから、起きれなかったら起こして。』
と言っていたのに。
愕然とした私は、ベットから飛び起きて母親の元へ。
『なんで今8時なの!?
今日、駿台なのに!!』
そしたら
『ちゃんと私は起こしたよ。
でもあんたが“まだいい”って言って起きなかったんじゃない。』
と。
でも、私には起こされた記憶なんて全くなくて
『起こされた覚えなんてない!
どうしたらいいのよ、もう……。』
って言った。
そこから口論が始まって、どんどん激しさが増していったことに痺れを切らしたのか、
『もうやめろ。お前、邪魔。』
と父親が口を挟んで、私にその場を退くように言った。
“いきなり入ってきて、邪魔、なんて…”と思った私は、言うことを聞かず、母親との口論を続けてたの。
そしたら、何度も何度も“邪魔”と言ってくる父親。
駿台の木曜日の数学の授業に引き続き、今日も駿台の授業をお休みしてしまったことに対するやるせなさ、悔しさ、母親との口論とで切れかかっていた糸が、プツリと切れ、
『そんなに邪魔なら、殺せばいいじゃない!!!!!』
気づいたら、そう叫んでいる自分がいた。
父親は冷たく笑って
『人殺しなんて、出来るわけないだろ。』
と冷静に返してきた父親とは対照的に、脳内パニックを起こした私は
『もういやぁぁぁ!!』
と叫んで、その場に座り込んだ。
私が発した言葉が、“どうして産んだのよ”とでも聞こえたのだろうか、父親の
『産んだんじゃなくて、お前が勝手に出てきたんだろ。』
という言葉が頭上から降ってきた。
『じゃあ、なんであの時死なせてくれなかったのよ!!
放っておいてくれたら死ねていたのに!!
なんでよ、なんでなのよ!!』
立ち上がり、くってかかった私に返ってきた言葉は
『死にたいなら、勝手に死ね。』
という残酷なものだった。
その言葉を聞いた瞬間、私は階段をかけあがり自分の部屋へ行き、泣いた。
死にたかった。
腕をメチャクチャに切ろうと、カミソリを取り出した時、動揺していたせいかキャップをはずす際に、指を切ってしまったけれど、気にかけることもなく。
深く、深く切った。
だけど当然それくらいじゃ死ねるわけがない。
カミソリを取り落とし、“死にたいのに死ねない”、“どうして…どうしてよ…”と泣き崩れた。
誰かに傍にいてほしい、と思った。
大丈夫だと言ってほしい、と願った。
泡沫に電話したけれど、何度かけても繋がらず、“電話をかけるのはもう止めよう”と思っていたM先生にかけてしまったの。
M先生だけが、最後の頼みの綱だった。
でも…。
何度かけても繋がらず、更にどん底へと堕ちた私は、泣いて泣いて泣いて。
泣きつかれて眠ってしまったんだ。
それから目を覚ました後、携帯を見るとM先生からの着信があったから、慌ててかけ直したけれど、また繋がらず。
確実に死ねる方法について、頭が痛くなるほど考えた。
でも“絶対”なんてないから、当然答えが見つかるはずがなく、“失敗してもいい、首吊りをしよう”と思い立ち、丈夫そうな紐を探しているところに、M先生から着信。
『もしもし?どうかしましたか?』
とお決まりのセリフが電話越しに聞こえてきて、なぜか安心感を覚えたんだ。
だから冷静に、今朝の出来事をお話しできて、最後には
『でも、もう落ち着いたので大丈夫です。
日曜日に電話してしまって、すみませんでした!』
と明るく言おうとしたけれど…
泣いてしまった。
『私は今まで、色んな人から、たくさんの人から、“死ね”って言われてきたけれど、親から“死ね”と言われるのは重みが違いますよね。。。
“産んだんじゃなくて、勝手に出てきた”ってことは、私は産まれなくて良かった、いらないって…
そういうことになるじゃないですか…?
そしたら私はどうすればいいのって、分からなくなって…ッッ』
そう言う私に、
『今日は陸上の審判やってて、電話出られなくてごめん。』
とM先生。
いつも丁寧語で話すM先生が、普通の言葉遣いをしたことに少し驚きながらも
『いえ、、、忙しい中電話してしまってごめんなさい…。』
って返すと
『別に大丈夫だよ。』
とサラリと言って下さった。
そして
『お母さんにもお父さんにも、もう1度聞いてみなよ。
“さっき言ったことは本心なの?本当にそう思ってるの?”って。
別に強制じゃないけれど、僕だったらそう言うな。
“もう1回言ってみろよ”って勢いで。
言われっぱなしじゃなくて、ぶつかってみたら?
自分の気持ち、ぶつけてみなよ。』
と。
それに対して、何も言えなくなった私に
『…もしもし??』
と伺うように問われて
『言った後が怖いから、、、言えません。』
と答えた。
当然のことながら、理由を聞かれて
『父親、キレたら暴力的になるんです。』
と言えない理由の1つを口にした。
もう1つの理由は、“本心を聞くのが怖いから”。
だけどそれを言えば、
『いつかは聞かなきゃならないことだよ?』
とか
『逃げてばかりはいられないよ。』
って返ってくるのが分かっているから、言わなかったの。
“キレたら暴力的になる”というのは決してウソじゃなくて。
目覚まし時計で殴られそうになったことだってあったし、素手で殴ろうとしたこともあったし、翌日に立ち上がるのが辛くなるほど蹴られたこともあったし、説教の度にツネられたりしてた。
そんな具体的なことは何一つ話さなかったけれど、
『暴力は、、、よくないな…。』
といつもより少し低い声で言った後、
『今回の親の言葉に限らず、全ての言葉を真に受けることはないと思うよ。』
とおっしゃった。
そして気分を変えるかのように
『ほら!そんな家族とのいざこざで悩んだり落ち込んだりしてるヒマなんてないよ!
明日からテストでしょ?
あなたは今、忙しいんだから。
悩んでないで、勉強しなきゃ。』
と。
少し冷静になれた今は、“少しでもこの出来事から気を逸らせるために言った言葉だったのかもしれない”とか、“テストの結果が悪かったら落ち込んでしまうであろう私の姿が容易に想像できるからこその言葉だったのかも”とか、そういう風に思えるけれど、その時はそうは思えなくて。
結局はM先生も“勉強”なんだね、って思ってしまい…
電話を切った後、再びカミソリを手にして切った。
頼みの綱であったM先生にも見捨てられた気がして、もう私には何もないと、そう思ったの。
十分に止血をすることもなく、ガーゼをあてて包帯を巻いただけの処置をしたせいで、包帯にまで赤く染まってしまうという結果になったけれど、もうどうでも良かった。
私は存在するべき人間じゃない。
産まれた時から間違っていたんだ。
消えなければならない。
消えたいんだ。

私が死んだら、あなた達は“子を失って絶望する親”を演じて涙を流しながらも、喜びますか?
邪魔者が消えた、と安心しますか?

姉さえいれば、私はいらなかった。
失敗作の私は、いらないんだ。
覚えてるよ、私。
幼稚園の頃に母親が言った言葉。
『あんたはワガママで手におえないから、どこか施設にあずけようと思ったこともあったけど、こうして育ててやってるんだよ。』


生まれてきてごめんね。
生きててごめんね。
死ねなくてごめんね。

頑張るから。
頑張るから。
頑張るから。
明るい私でいるから。
笑顔でいるから。
存在することを許して。
確実な方法を、見つけるその瞬間まで。


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テーマ:壊れそうな心 - ジャンル:心と身体

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プロフィール

海月 愛結菜

Author:海月 愛結菜
高校3年生
6月5日生まれ・18歳

2008年09月に精神科デビュー。
うつ病・境界性人格障害・不眠症。
現在投薬治療中。
リスカ・ODなど、自傷癖あり。
2008年・2009年11月には、自殺未遂によりICUに入院。


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