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真夜中OD・早朝OD

2009.07.09 23:07 candy

切らなかった日は、OD。
自分を何かしらの方法で傷つけていないと、私はダメみたい。
真夜中、アモバンでプチODしたの。
アモバンでのODは、今回が初めて。
アモバンがなかったら本当に眠れないから、今までもったいなくてODに使えなかったんだ。
でも私は基本、テスト期間中は眠剤を飲まない。
眠剤の代わりになるようなものを飲むだけ。
だから、期末テスト中の今、アモバンは珍しく余りがある状態で。
フワフワ目指して1度に2錠を飲んだ。
朝起きた時、口内の苦みが半端じゃないだろうな、なんて思いながら。

テスト期間中にODなんて、バカのやることだって分かってる。
テスト期間は頭を使う期間なのに、頭を薬でダメにしちゃうんだもん。
まだリスカの方がいいよね。
分かってた。
でも、飲んだ。
バカだと分かっていながら飲んだ私は、バカの極みだと思う。
だけど。。。
嫌だったんだ、もう。
自分を取り巻く全て、それから、自分自身が。
全部全部、メチャクチャになってしまえばいい。
そう、思ったの。

でもね、毎晩10mgのアモバンとセロクエル25mgを飲んで寝ている私。
7.5mg2錠程度じゃ、何も起こらなかった。
眠くさえもなかった。
だから、入眠するためにセロクエルを2錠追加。
それでも眠れなくて、貴重なハルシオンを1錠。
だけど、やっぱり眠れなくて。
最終的には、アモバン10mgを1錠追加して、やっと眠れた。
その時の時刻は、4時近くだったと思う。
朝、スムーズに起きれるわけがなくて、ベッドの上でウダウダ。
そんな時、Y先生から電話がかかってきたの。
Y先生は
『今日で最後だから、来るだけ来よう?』
と。
その一言を胸に、ダラダラと学校へ行く準備を。
でも、鬱々だった私は学校へ行く途中、デパス12錠を飲んだ。
そして、今日は下足箱へ行くことなく、保健室へ直行。
その時間は、いつもならすでにテストが始まっている時間だったけれど、職員会議の関係で、テスト開始時間が大幅にずれていたみたい。
私が保健室登校した後からも、テスト開始まで十分時間があった。
デパスが効いてきた私は、ほわ~っとしているとともに、昨夜飲んだ薬によって、ダラーっとしていたみたい。
養護教諭の先生はそんな私を見て
『すごくキツそうだね(;^_^A
テストが始まるまで、横になってていいよ。』
と言って、ベッドに寝かせて下さったの。
その言葉に甘えて、ベッドに横になって、ほや~っとしていた私。
しばらくすると、私の試験監督をして下さるらしい女の先生がカーテンをそっとあけて
『海月さん、時間になったけど…
テスト受けれる?』
と。
小さく頷き、ベッドから降りてフラフラしながら机へ。
今日の1番始めのテストは、地理。
とりあえず名前を書いて、問題文に一通り目を通した。
その瞬間、私の頭の中は、パニック状態に。
分からない、分からない、分からない、分からない…。
もうイヤ。。。
耐え切れなくなって、机に突っ伏した。
そしたら監督をしていた先生が傍に来て
『少し休もっか』
と言って、ベッドに寝かせてくれたの。
数十分後に、
『あと10分くらいだけど、どうする?
頑張ってみる?』
と言われて、頷いた私は再びフラフラしながら問題用紙と向き合った。
…これから先のことは、断片的にしか覚えてない。
ただ、地理のテストと次にある数Ⅱのテストとの間にある休み時間の時、保健室のソファーで泣いてたことは覚えてる。
そして、数Ⅱのテスト開始時間前に保健室にやって来たT先生が
『もうッッ!
なんで泣きよるんね、海月はー!
ほら、名前書くよ!
あ、小さすぎる字はNGよ?(笑)』
とおっしゃって、言われるがままに名前を書いたことも覚えてる。
私が数学の問題をどのくらい解いたのか、その時の監督の先生は誰だったのか…
そういったことは全く記憶にない。
テストを受けている間、ずっと涙していたのは、うっすらと記憶にあるけれど。
テストが終わった後、Y先生が顔を出してくれたけれど、その時の会話の記憶もない。
そんな状態の私を、養護教諭の先生は再びベッドで寝かせて下さったの。
しばらくは声を押し殺して泣いていたけれど、その後はデパス効果で私は爆睡。
目が覚めたら、3時だった。
今日のテスト修了時刻、12時過ぎだったはずなのに。。。
まだボンヤリとしている頭で、ベッドうだうだしていると、Y先生がやって来た。
『横になるだけじゃなくて、本当に寝てたねー(苦笑)
でも、寝たら少し顔色良くなったんじゃない?』
と。
どうやらY先生は、私が爆睡している間、何回か会いに来て下さっていたみたい。
なんか、申し訳ないなぁ。。。
…寝顔も見られちゃったし。
それにしても、テスト修了直後の私は、かなりピンチな状態だったらしい。
『1人で帰れる?
送って帰ろうか?
それとも迎え来てもらう?』
なんて言われちゃったもん。
もちろん私は、1人で帰ったけど。
親は仕事中だし、先生に家まで送ってもらうなんて、いくらなんでも迷惑かけすぎだもん。
帰りぎわ、養護教諭の先生は
『明日もここ(=保健室)で待ってるよ。』
と言って下さって、Y先生は
『明日は無理しなくていい(=休んでもいい)からね。』
と言って下さった。
どちらの言葉も暖かくて、すごく嬉しかったよ。


鬱々の中でも、いろんな方々の暖かさを感じながら帰宅。
ポストを覗くと、希結から手紙が届いていた。
手紙の中に入っていたものや、手紙の内容に、少し明るい気分になれた。
それからは、両親がいないことをいいことに、PCタイム。
お友達様のブログに訪問して、コメント残して、それからコメント返しをしようと思ったの。
PCは両親の目につく所にあるから、滅多に触れないけど、コメント返しするなら携帯よりもPCがやりやすいから。
でも。。。
結亜のブログで、吹奏楽部に関連する記事を読んでから、コメント返しをする気力がなくなってPCを消した。
結亜が部活に入ったって知った時、すごく嬉しかった。
部活って、色々なことを学べるし、たくさん思い出ができるし。
何より結亜が前に進んでいけていることが嬉しかったの。
それなのに、沈んじゃった。
そして、半泣きの状態で結亜に電話しちゃったの。
…ごめんね、結亜。
でも、応援してる。
吹奏楽の素晴らしさ、私の分まで感じ取ってね。

結亜との電話を切った後は、1人号泣。
大好きだった吹奏楽。
私は今でも忘れてないの。
初めて合奏した時の感動を。
大好きだった。
1人では決して奏でることのできない、綺麗なハーモニー。
フルートの繊細な音色。
夏には汗をかきながら、冬にはかじかんだ手を必死に温めながら、練習していた日々。
…忘れられるわけがない。
あの頃の私には、音楽が全てだった。
朝7時半から朝練に参加して、昼休みには自主練習。
放課後、部活が終わって帰宅したらピアノの練習をして、それからフルートを練習してた。
勉強なんて全くしてなかったけれど、充実した日々だった。
好きだったから、吹奏楽が。
みんなの心が1つになる、色んな個性を持った楽器が1つになる、そんな吹奏楽が大好きだった。
嫌いになんてなれない。
…大好きなの。
今でも。
きっと、これから先もずっとずっと。。。


沈んでいた所に、再び結亜から電話が。
結亜の声は、なんだか包容力があって落ち着けた。
涙も、もう出なかったよ。
本当にありがとう。


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プロフィール

海月 愛結菜

Author:海月 愛結菜
高校3年生
6月5日生まれ・18歳

2008年09月に精神科デビュー。
うつ病・境界性人格障害・不眠症。
現在投薬治療中。
リスカ・ODなど、自傷癖あり。
2008年・2009年11月には、自殺未遂によりICUに入院。


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