スポンサーサイト

--.--.-- --:-- candy

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ICUでのほのかな記憶

2010.01.03 23:33 candy

ベッドから起き上がったのは、今日も昼過ぎだった。
午前4時に寝付けてから、確認しただけでも5時・6時・8時と覚醒を繰り返してはいたけれど…。
起きてからはお昼ご飯を食べて、ワンセグでテレビを見ていたところに父親から声をかけられて、両親と共にリビングでテレビを見た。
そうしているうちに姉が予備校から帰宅。
夕食の準備ができるまで、私はまた自室でぼんやりと過ごした。
勉強時間は、ゼロ。
学校の課題も予備校の課題も全然終わってないのに、何もしなかったの…。
こんなダラけたお正月、小学生以来な気がする。
去年だって、ちゃんと机に向かってたのに。
ダメになっていく。
どんどん、どんどん。
そして私は、それを自覚していながらも止められない。
墜ちていくばかり。
今はね、キツくて出来ないんじゃないんだ。
分かってる。
この状態は私の甘え心と怠け心が原因。
どうしたらいいの…。
どうしたら抜け出せる?
出口が見つからない。
見つけられない。
…いつまでこんなことを続けるんだろうね。


今日、“救命救急24時”というドラマを見ていて、ICUの看護士さんのことを思い出した。
思い出したといっても、顔を覚えていたわけでも、名前を覚えていたわけでもない。
前後の記憶だって曖昧なのに、ICUでのことを覚えていた方が不思議だし。
私が思い出したのは、とても暖かかったってこと。
言葉では上手く表すことが出来ないけれど、友達とか先生とかとはまた違った暖かさを、感覚として覚えてるの。
そして、もう1つ。
思い出した。
2度目にICUに運ばれて回復し、一般病棟に移った時のこと。
私は個室にいて、母親が連れ添ってた。
そこに、搬送されてからずっと主に私の治療をして下さったのであろう女医さんが来たの。
女医さんは、一言二言、口にした後に
『1年前も同じようなことで、救急でこの病院に来られましたよね?』
と言った。
『はっきり申し上げます。
今回、奇跡的に助けることが出来ましたが、本当に本当に危なかった。
次に何かあった時、助けられるという保証は出来ません。』
とも。
あとは何て言ってたかな…。
『子供(の状態)を見て悲しむ親の姿を見るのは、こちらとしても心苦しい。』
とか
『せっかく助けた命を粗末にされてしまうのも、また心苦しい。』
とか。
サバサバした、ハキハキと喋るタイプの女医さん。
すごくカッコいい人だって思う反面、“そんなこと言われても”って気持ちもあったけど…
命を追う立場にいる先生方にしてみれば、必死に助けた命を自ら投げられることは、辛く虚しいことなのかもしれないね。
でも。
私の希死念慮は、留まるということを知らない。
だからきっと…。
もう1度、お世話になるだろう。
今度は服薬自殺を図った上での搬送ではなく、飛び下り自殺を図った上での搬送で。
そして、女医さんが“はっきりと申し上げた”内容、“次に何かあった時、助けられるという保証はない”という言葉通りに、なればいい。
それで終わる。
3度目の正直、だよ。
…3度以上あるんだけどね、試みたこと。

今回は、大量の薬を地道に集めることも、大量の薬を錠剤から粉錠にかえることも必要ないんだ。
必要なのは、ある一定の条件を満たす場所。
そして、覚悟と勇気。
それだけでいい。
それだけでいいんだ…。


明日から、課外授業が始まる。
行けるかな、私。。。


スポンサーサイト

comment

post a comment

candy


管理者にだけ表示を許可する

trackback

ブログの記録

カウンター

プロフィール

海月 愛結菜

Author:海月 愛結菜
高校3年生
6月5日生まれ・18歳

2008年09月に精神科デビュー。
うつ病・境界性人格障害・不眠症。
現在投薬治療中。
リスカ・ODなど、自傷癖あり。
2008年・2009年11月には、自殺未遂によりICUに入院。


詳しい経緯はこちら
詳しいプロフはこちら
当ブログによく出てくる人物紹介はこちら


*ブログについて*

愛結菜のブログ

検索フォーム

カレンダー

04 | 2017/05 | 06
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

ブロとも申請フォーム


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。